■ 序章:レメゲトンとは何か
レメゲトンとは、17世紀ごろに編纂されたとされる魔術書で、
一般に “ソロモン王が悪魔72柱を使役した書” として知られる。
正式名称は
Lemegeton Clavicula Salomonis(ソロモン王の小さな鍵)。
構成は5部でできている。
- ゴエティア(Goetia):72柱の霊的存在の記述
- テウルギア=ゲーティア(Theurgia-Goetia)
- アルス・パウリナ(Ars Paulina)
- アルス・アルマデル(Ars Almadel)
- ノトリア(Ars Notoria):祈祷・知識術
中でも最も有名なのが「ゴエティア」である。
ソロモン王が“言葉(鍵)”で霊を従わせたという伝説が核になっている。
だがここで重要なのは──
レメゲトンは、単なる悪魔の名簿でも、呪術の実践書でもない。
西欧社会が作り上げた「知識と権力」の象徴である。
この視点で読み解くと、
レメゲトンは単なるオカルト書ではなく、
歴史・宗教・政治・秘密結社が絡む“権力の写し鏡”になる。
■ 第1章:レメゲトン誕生の背景──なぜ17世紀に“悪魔学”が爆発したのか?
レメゲトンが現れた17世紀は、西欧史で異様な時代だった。
- 科学革命(ニュートン、ガリレオ)
- 魔女狩りのピーク
- 宗教改革後の混乱
- フリーメイソンの台頭
- 魔術・錬金術ブーム
- 国家権力の再編
“科学”と“魔術”が同時に発展した時代。
そして、近代国家が誕生する瞬間でもある。
この背景で、レメゲトンの存在意義はこう解釈できる。
西欧社会は、不可視の力(霊・天使・悪魔)を
国家統治に組み込もうとしていた。
古代以来、支配者は常に
- 神の権威
- 霊的存在
- 不可視の力
- 宗教的正統性
を利用してきた。
レメゲトンは、その“権威モデル”を再構築した書でもある。
■ 第2章:ソロモン王伝説は政治的プロパガンダだった?
レメゲトンの根底には「ソロモン王伝説」がある。
- ソロモンは悪魔を支配した
- 悪魔は労働を行い、神殿建築を手伝った
- 72柱はソロモンの指輪によって従った
これは聖書には直接書かれていない。
中世以降に発展した“魔術的ソロモン像”である。
ではなぜ“ソロモン=魔術王”というイメージが創られたのか?
答えは単純だ。
王権の正当化に使いやすかったからである。
“神と悪魔をも従える智慧の王”という設定は、
中世の支配者階級が理想としたモデルだった。
レメゲトンは、
「キングメーカーとしての魔術」を象徴する書でもある。
■ 第3章:秘密結社はレメゲトンをどう利用したのか?
17〜18世紀のヨーロッパでは、
フリーメイソンやロージクラシアンなどの結社が急増した。
興味深いことに、
レメゲトンは 結社の知識体系と非常に親和性が高い。
● ①「知識=力」という思想
秘密結社にとって、
“不可視の知識”は権力そのもの。
レメゲトンの
- 天使の階級
- 霊界構造
- 言葉の力
- 儀式のシステム
は、彼らの思想モデルと完全に一致する。
● ② 魔術書は「真実」か「寓意」か?
多くの研究者は、
レメゲトンを“実践書”ではなく“象徴体系”と見ている。
霊的存在は、
心理的・政治的・神学的な構造の比喩という説だ。
これは、
秘密結社内部での扱いと一致する。
- 天使=秩序
- 悪魔=混沌
- 召喚=自己統御
- 封印=理性による制御
“魔術”という形を借りた、
権力の自己訓練マニュアルだった可能性すらある。
■ 第4章:近代オカルティズムがレメゲトンを再発明した
19世紀〜20世紀になると、
オカルティズムの中心はイギリスへ移る。
● ゴールデン・ドーン(黄金の夜明け団)
魔術結社として有名で、
- アレイスター・クロウリー
- ウィリアム・バトラー・イェーツ
などが所属した。
この時代に レメゲトン=“魔術教科書” というイメージが完成する。
特にクロウリーが編集した「ゴエティア」は、
今日の“悪魔学”像を決定づけた。
ただし、クロウリーの視点は常に政治的だ。
「魔術とは、意志を世界に貫徹させる技法である」
つまりレメゲトンは、
- 技術
- 権威
- 意志
- 世界改変
といった“力の哲学”を象徴する書に変化した。
■ 第5章:レメゲトンの核心は「人の心理モデル」である
研究者の多くが一致して述べていることがある。
レメゲトンに出てくる“悪魔”とは何か?
それは、
“超自然存在”ではなく
人間心理の象徴(アーキタイプ) だという点である。
- 統率
- 破壊
- 欲望
- 知識
- 誘惑
- 狡猾さ
- 変革
- 破滅
- 創造
72柱の特徴は、人間の精神構造と重なる。
これはユング心理学とも近い。
レメゲトンとは、
「人間が持つ影の属性」を体系化し、
それを“鍵(言葉)によって制御する思想体系」
だと解釈できる。
■ 終章:レメゲトンが現代に読み継がれる理由
レメゲトンは、
超自然の書というよりも、
- 権力の象徴
- 心理の分析体系
- 秘密結社の教材
- 中世思想のコードブック
- 都市伝説の源泉
として多層的な意味を持つ。
それゆえ、
21世紀の今も“危険な書”として語られ続ける。
なぜか?
答えは単純だ。
■ レメゲトンは「知識×力×心理支配」を扱う書だから。
■ 国家・宗教・秘密結社が“封印ではなく管理”し続けたから。
■ 人間の深層に潜む“影(シャドウ)”を明文化しているから。
悪魔そのものよりも恐ろしいのは、
“悪魔という概念を操作する者” である。
レメゲトンが危険視されるのは、
その構造を読めば誰もが理解できる。
この書物は、
人間が「影を支配する技術」を求めてきた歴史そのものなのだ。

