ヒバゴン──昭和の山に現れた“日本型ビッグフット”の正体

UMA

■ 序章:なぜ日本にもUMAが生まれたのか

UMA(未確認動物)といえば、
アメリカのビッグフットや
ネス湖のネッシーを思い浮かべる人が多い。

しかし日本にも、
明確な時代・場所・証言数を伴って現れ、
一時は社会現象にまで発展したUMAが存在する。

それが
ヒバゴン である。

ヒバゴンは、
1970年代前半、
広島県北部の比婆山系周辺で目撃が相次いだ
“謎の類人猿型生物”だ。

単なる噂話ではない。
新聞報道、自治体の対応、
警察の聞き取りまで行われた、
日本では極めて珍しいUMA事件 である。


■ 第1章:ヒバゴン出現の記録

ヒバゴンが注目され始めたのは、
1970年(昭和45年)前後。

広島県の山間部で、

  • 毛に覆われた二足歩行の生物
  • 身長約150〜170cm
  • 顔は猿に似ているが人間的
  • 腕が長く、ずんぐりした体型

といった特徴を持つ存在が、
農作業中の住民や登山者によって
繰り返し目撃された。

目撃情報は一件ではない。

  • 複数年にわたる報告
  • 子どもから大人まで幅広い証言者
  • 時間帯・場所がある程度一致

この点が、
ヒバゴンを単なる怪談ではなく
現象 として扱わせた理由である。


■ 第2章:名前が生まれた瞬間

「ヒバゴン」という名前は、
比婆山(ひばやま)と
アメリカのビッグフットをもじった
造語である。

このネーミングは象徴的だ。

つまり当時すでに、

日本社会は
“UMAという概念”を
受け入れる準備ができていた

ということを意味する。

高度経済成長期の終盤、
人々は豊かになりつつある一方で、

  • 自然の急速な破壊
  • 山村の過疎化
  • 伝統文化の消失

に直面していた。

ヒバゴンは、
その「失われつつある自然」が
擬人化された存在だったとも言える。


■ 第3章:科学的説明は可能か

当然ながら、
学術的にはいくつかの説明が試みられた。

● クマ誤認説

最も有力なのが、

ツキノワグマの誤認

説である。

  • 立ち上がった姿
  • 薄暗い環境
  • 一瞬の目撃

が重なると、
人間型に見える可能性は否定できない。

しかし、

  • 毛の色
  • 顔の印象
  • 動きの描写

が、
クマと一致しないという証言も多い。


● 野生化した人間説

山中で暮らす
“野生化した人間”を見たのではないか、
という説も出た。

だが、

  • 長期生存の痕跡がない
  • 他の人間との接触記録がない

ことから、
現実的ではないとされた。


■ 第4章:民俗学的視点──山の境界に立つ存在

日本の民俗学では、
山は常に「異界」として描かれてきた。

  • 山の神
  • 天狗
  • 山男
  • 猿神

これらは、

人間社会と自然の境界に立つ存在

として語られる。

ヒバゴンの特徴は、
これらの民俗的存在と驚くほど重なる。

  • 人に似ているが人ではない
  • 山に棲む
  • 人里に出るが交わらない

ヒバゴンは新種のUMAというより、

近代社会に再出現した
“山の異形”

だった可能性もある。


■ 第5章:なぜ1970年代だったのか

ヒバゴンが現れた1970年代は、
日本社会が大きく変わった時期だ。

  • 大阪万博
  • 高度経済成長のピーク
  • 公害問題
  • 自然破壊への不安

人々は進歩を信じる一方で、
「このままでいいのか」という
漠然とした不安を抱いていた。

ヒバゴンは、

文明の外側から
こちらを見つめ返す存在

として現れたとも解釈できる。


■ 第6章:ヒバゴンが“消えた”理由

1970年代後半を境に、
ヒバゴンの目撃情報は急激に減少する。

捕獲されたわけでも、
正体が判明したわけでもない。

ただ、
語られなくなった

これは重要だ。

UMAは、

  • 証明されると消え
  • 否定されすぎても消える

ヒバゴンは、
社会が「別の不安」を持ち始めたとき、
役割を終えたのかもしれない。


■ 第7章:ヒバゴンは存在したのか

結論は出ない。

  • 未確認生物だった可能性
  • 誤認の連続だった可能性
  • 社会心理が生んだ集合幻想

どれも完全には否定できない。

だが一つだけ確かなことがある。

ヒバゴンは、
“いたかどうか”よりも
“なぜ必要とされたか”が重要

という点だ。


■ 終章:ヒバゴンは昭和という時代の鏡

ヒバゴンは、
日本の山に現れた怪物ではない。

それは、

  • 失われる自然
  • 進みすぎる文明
  • 人間の居場所への不安

が生み出した、
昭和という時代の鏡 だった。

もし現代にヒバゴンが現れるとしたら、
それはどんな姿をしているだろうか。

山ではなく、
データの森に。
獣ではなく、
アルゴリズムの影として。

ヒバゴンは消えたのではない。
形を変えて、
今もどこかに棲んでいる

のかもしれない。

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