序章:民主主義は残っているのに、実感だけが消えていく
多くの国では、今も選挙が行われ、議会が存在し、憲法も有効だ。
形式上、民主主義は生きている。
しかし同時に、こうした感覚が広がっている。
「投票しても、結局何も変わらない」
「重要なことは、別の場所で決まっている気がする」
この違和感は、陰謀論として片付けられがちだ。
だが実際には、民主主義の“制度”と“実感”が乖離していく構造が、
過去数十年で確実に形成されてきた。
その鍵となる概念が、
グローバル・ガバナンスである。
第1章:グローバル・ガバナンスとは何か
グローバル・ガバナンスとは、
単一の世界政府を意味する言葉ではない。
それは、
- 国家を超えて
- 国境をまたぎ
- 複数の主体が
- ルールを共有・調整する
という統治の在り方を指す。
ここでの主体には、
- 国際機関
- 多国籍企業
- 金融機関
- 規制当局
- 専門家ネットワーク
が含まれる。
重要なのは、
これらの多くが、選挙による直接的な民主的統制を受けていない
という点だ。
第2章:国家が「決められなくなった」分野
現代国家は、あらゆる分野を自由に決定できるわけではない。
特に以下の分野では、
国家主権は大きく制限されている。
- 通貨・金融政策
- 貿易ルール
- 環境基準
- 安全保障
- 技術規格
これらは、
- 国際合意
- 国際市場
- グローバル標準
によって、事実上の「外部条件」が設定されている。
たとえば、財政危機に陥った国が
支援を求める場合、
国際通貨基金 や
世界銀行
といった機関の提示する条件を受け入れざるを得ない。
これは陰謀ではない。
制度として公式に存在する仕組みだ。
第3章:民主主義は「どこ」で機能しているのか
民主主義は、基本的に「国家単位」で設計されてきた。
- 国民
- 選挙
- 議会
- 政府
しかしグローバル・ガバナンスは、
この単位を超えて機能する。
結果として、
次のようなズレが生じる。
- 影響力は国境を越える
- 責任は国境に縛られる
- 決定は見えない
- 影響だけが可視化される
市民から見れば、
「誰に文句を言えばいいのか分からない」
状態が生まれる。
これが、民主主義の空洞化と呼ばれる現象だ。
第4章:なぜ“陰謀論”が生まれやすくなるのか
グローバル・ガバナンスが進むと、
政治は次第にこう説明されるようになる。
- 専門的すぎて理解できない
- 国際的だから仕方ない
- 市場の反応があるから無理
これは合理的な説明でもあるが、
同時に市民を議論から排除する言語でもある。
説明されない決定が増えると、
人々は別の説明を求める。
その結果、
「裏で誰かが操っているのではないか」
という物語が生まれる。
陰謀論は、
非合理の産物ではなく、
不透明な統治への“理解要求”が歪んだ形で現れたもの
と見ることもできる。
第5章:専門家統治と民主主義の緊張関係
現代社会は高度に複雑だ。
- 金融
- 医療
- 環境
- テクノロジー
これらを
多数決だけで決めることは難しい。
そのため、
「専門家に任せるしかない」
という発想が強くなる。
だが専門家は、
選ばれていない。
ここに、
- 効率
- 正確性
- 民主的正当性
のトレードオフが生まれる。
グローバル・ガバナンスは、
このバランスを
「効率側」に強く傾けてきた。
第6章:空洞化とは“消滅”ではない
重要なのは、
民主主義が完全に消えたわけではない点だ。
選挙は残り、
言論の自由も存在する。
しかし、
- 決定できる範囲が狭まり
- 影響力が希薄化し
- 実感が失われていく
これが「空洞化」である。
箱は残っているが、
中身が薄くなっていく。
第7章:これは陰謀ではなく「設計の問題」
グローバル・ガバナンスを
悪意ある計画として捉える必要はない。
多くは、
- 危機への対応
- 効率化
- 協調の必要性
から生まれた。
問題は、
民主的統制が
同じ速度で進化しなかった
ことにある。
つまり、
支配の陰謀ではなく、
制度設計の遅れである。
終章:民主主義を取り戻すとは、何を意味するのか
「グローバル・ガバナンス vs 民主主義」
という二項対立は正確ではない。
本当の問いは、こうだ。
国境を越える決定を、
どうすれば民主的に制御できるのか。
透明性、説明責任、参加の仕組み。
これらがなければ、
どれほど善意であっても、
統治は「遠いもの」になる。
民主主義の空洞化は、
陰謀の結果ではない。
それは、
世界がつながった速度に、
政治の仕組みが追いついていない
という、現代文明の歪みそのものなのだ。

