ニュートンと錬金術

序章：科学の巨人の裏の顔

アイザック・ニュートン――「近代科学の父」として知られ、万有引力の法則や光学理論、微積分の創始など、理性と実証主義の象徴とされる人物である。
だが近年、彼の膨大な遺稿群の解析によって、ニュートンの生涯の大部分が「錬金術」と神秘思想の研究に費やされていたことが明らかになった。

科学革命の旗手が、同時に中世的な神秘思想に心酔していた――。
この事実は、合理主義の象徴として描かれたニュートン像を根底から揺るがす。

1936年、ロンドンのサザビーズで開催されたあるオークションで、ニュートンの未公開原稿が大量に競売にかけられた。
その数、およそ 100万語。内容の多くは「神学」「黙示録解釈」「錬金術」だった。

これらは生前、彼自身が公表を避け、死後はケンブリッジ大学が「理性の象徴としての名誉を守るため」に長らく非公開にしていたとされる。
2003年、ヘブライ大学とケンブリッジ大学によってデジタルアーカイブ化が進められ、世界はようやく「もう一人のニュートン」と対面した。

ニュートンの錬金術研究ノートには、炉の温度調整、金属の溶解実験、未知の化合物の記録が詳細に書かれている。
彼は「自然の内なる構造」を読み解く鍵として、錬金術を“神の言語”と見なしていた。

彼の言葉を借りれば、

「自然の書は数学で書かれているが、その魂は神の火によって動かされている」

つまり、彼にとって科学と錬金術は矛盾ではなく、同一の探求行為だったのだ。

ニュートンが最も執着していたのは「賢者の石」と「プリマ・マテリア（原初物質）」の研究だった。
彼は中世の錬金術師たち――パラケルスス、ヘルメス・トリスメギストス、フラメルなど――の著作を読み漁り、自らの実験ノートで再現を試みた。

ノートには、

「赤い獅子」「白い鳥」「結婚」「蒸留」「還元」
といった象徴語が繰り返し登場する。

これらはすべて、金属の精錬と精神的変容を暗示する錬金術用語であり、彼が物質と精神の両面で“転化”を追い求めていたことを示す。

ニュートンが「万有引力の法則」を発表したのは1687年。
だが彼の思考の根底には、「自然界すべてを貫く見えざる霊的力」があった。

彼は重力を単なる物理的現象ではなく、**宇宙を統一する“生命の息吹”**と見なしていた。
つまり、彼の物理学もまた錬金術的な世界観から生まれた可能性がある。

実際、彼は同時代の科学者たちにこう述べている。

「我々は自然の表層しか知らない。物質を動かす根源の力は、神の意志に属している」

この発言からも分かる通り、ニュートンの「科学」は“神的原理を数学的に記述する試み”だったのだ。

ニュートンはケンブリッジ在任中、学生や同僚に自らの研究をほとんど公開しなかった。
実験室の扉には鍵をかけ、訪問者が来ると慌てて資料を隠したという。

その理由は明白だ。
当時、錬金術研究は異端視され、宗教裁判や大学からの追放につながる危険があった。
彼にとって錬金術は「神聖なる知識」であり、**“選ばれし者のみが理解できる”**学問だったのだ。

晩年のニュートンは、『ヨハネ黙示録』の数値解析に没頭していた。
彼は聖書を“暗号化された宇宙法則”とみなし、歴史を数理的に解釈しようとした。

例えば、彼は「天地創造は紀元前4000年頃に始まり、世界の終焉は2060年頃に訪れる」と記している。
これは宗教的預言というより、「神の法則の周期性」を数理的に導こうとする試みだった。

つまり彼にとって、聖書は自然哲学の最終方程式だった。

興味深いのは、現代物理学が再びニュートンの錬金術的思考に近づきつつある点である。
量子力学では、観測者の意識が現象を決定するという「観測問題」が存在する。
宇宙の統一場理論もまた、「全ては一つのエネルギー場から生まれる」と説く。

これは、ニュートンが追い求めた「万物の霊的連続性」に極めて似ている。
科学が進化した今、彼の錬金術的直観は再び新たな意味を帯び始めているのだ。

ジョン・メイナード・ケインズは、ニュートンの遺稿を手に入れた際にこう述べている。

「ニュートンは理性の最初の光ではなく、最後の魔術師だった」

この言葉は、近代科学と神秘主義が本来地続きであったことを鋭く突いている。
ニュートンが“錬金術師としての精神”を捨てなかったのは、世界の本質が数式だけでは表せないと直感していたからだろう。

今日、私たちは「科学」と「オカルト」を明確に分けて考える。
しかし17世紀のニュートンにとって、それらは同じ真理の異なる側面にすぎなかった。

彼は実験室で金属を溶かし、天文学的観測で惑星を測り、同時に聖書の行間から宇宙のリズムを読み取ろうとした。
その姿はまるで、“科学者”と“錬金術師”を同時に生きた最後の人間だった。

もし彼が今の時代に生きていたら――
量子場を「賢者の石」と呼び、AIを「霊的知性」と見なしていたかもしれない。