序章:陰謀論と呼ばれた「国際秩序の設計者」
「世界を裏で操る組織が存在する」──そんな言葉を聞けば、多くの人は眉をひそめるだろう。
だが、もしそれが単なる想像ではなく、実際に存在し、記録にも残る組織であったとしたらどうだろうか。
外交問題評議会(Council on Foreign Relations:CFR)は、1921年に設立されたアメリカの民間シンクタンクである。
その名の通り「外交政策に関する助言機関」として設立されたが、100年を経た今も、米国の外交・安全保障政策の中枢に影響を及ぼしている。
CFRは一国の政府ではない。だが、**“政府の上にある政府”**として、歴代の大統領、閣僚、CIA長官、企業家、メディア重鎮たちが名を連ねてきた。
一部の批評家はこの組織を“影の国家(Deep State)”と呼び、
「新世界秩序(New World Order:NWO)」──つまり、国境を超えた単一的な統治構造を目指す中核であると指摘する。
「陰謀論」という言葉は、しばしば議論を封じるために使われる。
しかし、CFRの存在は陰謀でも空想でもない。
その会員リストも議事録も、すべて公開されている。
むしろ問題は、「それがどこまで世界の方向性を左右しているのか」である。
第1章:第一次世界大戦後の誕生──“アメリカ型世界秩序”の設計者たち
CFRの起源は、第一次世界大戦後の1919年、パリ講和会議に遡る。
当時、アメリカ代表団の中に、ハーバード大学やエール大学出身の外交専門家、銀行家、そして実業家たちがいた。
彼らは「学問とビジネスの知恵を統合し、世界を安定させる」という理想を掲げ、
帰国後に外交問題評議会を設立する。
CFRの設立目的は明確だった。
アメリカが孤立主義を脱し、世界秩序の中心に立つための戦略研究を行う。
だが、その活動は単なる政策助言にとどまらず、国際金融と政治を統合的に動かす中枢へと進化していった。
同時期、イギリスでも類似の機関「王立国際問題研究所(RIIA)」が発足しており、
CFRとRIIAは“英米協調”の頭脳ネットワークとして機能した。
この両者を母体として後に生まれるのが、国際的エリート会議「ビルダーバーグ会議」や「三極委員会」である。
第2章:政策を超えた力──“見えない政府”の構造
CFRの影響力が本格化するのは、第二次世界大戦以降である。
フランクリン・ルーズベルト政権では、国務長官コーデル・ハルを筆頭に多くのCFRメンバーが外交政策に参加した。
戦後の国際秩序を設計したブレトンウッズ会議(IMF・世界銀行の創設)や国連設立構想にも、
CFRの研究報告書が直接的な影響を与えている。
事実、国連の初代事務総長補を務めたアルジャー・ヒスもCFRの会員であり、
のちにソ連スパイ疑惑で失脚するという象徴的事件も起きた。
それは、CFRが単なるアメリカの政策機関ではなく、国際政治の裏回路であることを示していた。
学者の間では、CFRを「政策共同体(policy community)」と呼ぶ。
つまり、政界・学界・財界が融合した意思決定ネットワークだ。
大統領が交代しても、政策の方向性が大きく変わらないのは、
この“非選挙型の権力層”が連続的に政策を支えているからだという分析もある。
第3章:新世界秩序(NWO)の思想的源流
1991年、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領が湾岸戦争後の演説で語った言葉が、
「New World Order(新世界秩序)」である。
彼はこう述べた。
“We have before us the opportunity to forge for ourselves and for future generations a new world order.”
「我々には、新しい世界秩序を築く機会がある。」
このフレーズは瞬く間に世界中に広まり、“陰謀論”のキーワードとして定着した。
しかし、歴史を遡れば、この理念はCFRの創設理念と驚くほど一致している。
CFRの機関誌『Foreign Affairs』は、1922年の創刊以来、
国際秩序の維持・自由貿易の拡大・多国間主義の推進を訴えてきた。
つまり、CFRは**「国家主権よりも国際協調を優先する思想」**を一貫して持っていたのだ。
それは戦争を防ぐ理想主義でもあり、同時に「支配の効率化」という現実主義でもあった。
第4章:血脈と企業──エリートによる非公開ネットワーク
CFRの資金と運営の中核を担ったのは、ロックフェラー家である。
デヴィッド・ロックフェラーは長年にわたりCFRの理事長を務め、
同時に三極委員会やビルダーバーグ会議を設立する中心人物でもあった。
CFRの理事会には、モルガン銀行、ゴールドマン・サックス、エクソンモービル、
ウォール・ストリートの主要企業の幹部が名を連ねている。
これらのネットワークは「民主的プロセス」を経ずして国際経済政策を動かす、**実質的な“見えない政府”**を形成してきた。
例えば1970年代のオイルショック時、CFRのメンバーが主導して
OPECとの金融協議やペトロダラー体制の構築を進めた。
石油価格の安定とドル基軸の維持は、結果的にアメリカの金融覇権を強化する結果となった。
第5章:CFRとメディア──モッキンバード作戦の延長線上で
CFRの影響は政治や金融にとどまらない。
20世紀半ばには、主要メディアの理事や編集長の多くがCFRメンバーであった。
ニューヨーク・タイムズ、タイム誌、CBS、NBC──これらはすべてCFR人脈によって構築された報道体制を持つ。
CIAが行った「モッキンバード作戦(Operation Mockingbird)」は、
まさにCFRと連携してメディアを“外交装置”として活用する試みだった。
報道は国家のイメージをつくり、外交政策を正当化する。
つまり「世論操作と外交政策」は、裏表の関係にあった。
この構造を知ると、現代でもなぜ特定のニュースだけが繰り返され、
一部の情報が“不可視化”されるのかが理解できるだろう。
第6章:デジタルNWO──情報と金融の融合支配
CFRの近年の活動を追うと、興味深い傾向が見えてくる。
それは、デジタル資本主義の中での支配構造の再構築だ。
現在のCFR理事・会員には、Googleの元CEOエリック・シュミット、
Microsoftのサティア・ナデラ、BlackRockのラリー・フィンクなど、
デジタル経済と金融のトップが名を連ねている。
これらの人物は、単に企業の経営者ではない。
AI、データ管理、ESG投資、気候金融といった「国境を超える統治構造」を推進する実務者でもある。
言い換えれば、CFRのNWO構想は、いまや情報テクノロジーによって実現されつつあるのだ。
“通貨はデータ化し、言論はアルゴリズム化する”。
このプロセスを管理するのが、現代版のCFRネットワークである。
第7章:陰謀か構造か──CFRをめぐる二つの視点
学術的な視点では、CFRを単純に「陰謀組織」と断定するのは不正確である。
なぜなら、彼らの活動の多くは合法的であり、公開情報として記録されているからだ。
しかし同時に、権力と情報が集中しすぎることで、**結果的に“陰謀のように見える構造”**が形成される。
陰謀とは意図の問題だが、構造は必然の結果である。
民主主義の制度が形骸化し、実際の政策決定が非公開のネットワークで行われるとき、
それは陰謀ではなく“体制そのもの”となる。
CFRの問題はまさにそこにある。
彼らが何かを「隠している」のではなく、
我々が「知らされていない」構造そのものが、最も深い統制の形なのである。
終章:新世界秩序の中で生きるということ
「新世界秩序」と聞くと、陰謀的な響きを感じる。
だがその本質は、もはや未来の計画ではない。
それは、すでに私たちが生きる社会構造の中に溶け込んでいる。
経済はグローバル企業によって運営され、
情報はAIによって整理され、
安全保障はデータベースによって管理される。
この状況を作り上げた思想的枠組み──それがCFRとNWOの実像である。
支配か協調か。陰謀か構造か。
そのどちらに見えるかは、我々が「どの位置から世界を見ているか」で決まる。
だが確かなことが一つある。
CFRの目指した“新世界秩序”は、もはや未来の計画ではなく、現在進行形の現実である。
📚 参考文献
- Council on Foreign Relations, Annual Reports (1921–2024)
- Shoup, L. & Minter, W., Imperial Brain Trust: The CFR and U.S. Foreign Policy (Monthly Review Press, 1977)
- Carroll Quigley, Tragedy and Hope: A History of the World in Our Time (1966)
- David Rockefeller, Memoirs (2002)
- Foreign Affairs Archive (CFR Official Journal)

