人類が“まだ読めない本”――その中に何が書かれているのか
序章:誰も読めない本が、世界で最も読まれているという矛盾
チェコ出身の古書商、ウィルフリッド・ヴォイニッチが、
1912年にイタリアの古い修道院で一冊の写本を発見した。
羊皮紙に書かれたその本は、
色鮮やかな植物のイラスト、
天球図のような模様、
裸の女性が奇妙な液体に浸かる図、
そして――どの言語とも一致しない文字の羅列。
その本は、
後に 『ヴォイニッチ手稿』 と呼ばれる。
発見から100年以上。
言語学者、暗号研究者、天文学者、植物学者、
そしてCIAすら解読に挑んだ。
だが――まだ誰も読めていない。
では、これは一体何なのか。
本物なのか。
偽物なのか。
我々は、何を前にしているのか。
第1章:文字は“意味”を持っている。だが理解できない。
ヴォイニッチ手稿に書かれた文字は、
まるで言語のように“規則性”を持っている。
同じ文字列が繰り返され、
文のリズムも存在する。
文字数の分布は、自然言語の統計と一致する。
つまり、これは 「ランダムな落書きではない」。
しかし問題は、
どんな文字体系とも一致しない ということだ。
アルファベットでもなければ、
ラテン語でもギリシャ語でもアラビア語でもない。
これは、
「翻訳できる言語がない」
ということではなく、
「その言語体系が、この地球の歴史の中に存在しない可能性」がある
ということだ。
第2章:謎の“植物”は、すべて見たことがない
手稿には多数の植物が描かれている。
だが、そのどれもが 知られている植物と一致しない。
形は似ているのに、どこかが違う。
花の構造、根の形、葉の規則性、全てが“存在しそうで存在しない”。
まるで、
「別の生態系を持つ世界の植物図鑑」
のようだ。
ここで一つの解釈が生まれる。
この手稿は、
ある文明が失われる前に、知識を保存するために書かれたものかもしれない。
あるいは――
我々がまだ見つけていない“どこか”の記録。
第3章:天文学と身体図が示す“異様な世界観”
手稿には、
女性の裸体が連なり、
管のようなものに浸かり、
何かを循環させている図がある。
これは、
水か、生命力か、エネルギーか。
また、天球図には、
現代の星図では説明できない配置が描かれている。
「地球ではない星を描いた可能性」
という説すら存在する。
ある研究者はこう言った。
「ヴォイニッチ手稿は“生命維持のメカニズム”を描いているように見える。」
まるで、
その知識は、
本来ならば **“人間が理解すべきではない”**かのように。
第4章:偽物説はなぜ“崩れた”のか
「これは大掛かりな偽書だ」という説は長く語られた。
だが、それはもう成立しない。
羊皮紙の年代測定により、
手稿は 1404〜1438年 に作られたことが証明されたからだ。
つまり、
ヴォイニッチが作った偽書ではない。
誰かが近代にいたずらしたものでもない。
中世のどこかで、本当に書かれたものだ。
では誰が?
なぜ?
どの言語で?
答えはまだない。
終章:それでも、世界はこの本に惹かれる
人は、理解できるものだけを美しいと感じるわけではない。
むしろ、理解できないものにこそ、強く心が動く。
ヴォイニッチ手稿は、
我々の知性の限界を静かに突きつけてくる。
「この世界は、まだ知らないことで溢れている」と。
もしこの手稿が解読される日が来たら、
それは単に一冊の本が読めるようになるということではない。
それは、
人類が、今よりもう一段階“上の理解”に到達した瞬間
になるだろう。
この本は、扉だ。
向こう側へ行けるかどうかは、まだ誰にもわからない。

