ジャージーデビル──“アメリカ最古の怪物”は誰が創り、誰が利用したのか

UMA

250年続く恐怖と噂、魔女伝説、政治宣伝、メディア、そして軍事の影

序章:アメリカが生んだ、最も長命な怪物

アメリカにはUFOやビッグフットのような近代的UMAの他に、
国家の成立以前から語られ続けている“最古の怪物”が存在する。

それが ジャージーデビル(Jersey Devil) である。

舞台はアメリカ東海岸のニュージャージー州。
そこに広がるパインバレー(Pine Barrens)という広大な森林地帯は、
18世紀から“怪物が棲む森”として恐れられてきた。

夜になると森の奥から聞こえる奇怪な鳴き声、馬のような足跡、
翼を広げて空を舞う黒い影──。
住民たちはその正体を「デビル(悪魔)」と呼び、250年にわたり噂は途絶えていない。

だが、ジャージーデビルの正体とは何なのか。
ただの民間伝承なのか、実在する未知の生物なのか。
それとも、**“誰かが意図的に作り上げた怪物”**なのか。

本稿では、ジャージーデビルが誕生した歴史的背景、
その噂を利用した政治・宗教・メディア・軍事の思惑、
そして現代に至るまで噂が衰えない理由を多角的に考察する。


第1章:母リードの呪い──怪物誕生の伝説

ジャージーデビル伝説には複数のバージョンがあるが、最も有名なのが
「母リード(Mother Leeds)の13番目の子供」説である。

18世紀初頭、パインバレーに住むリード家の母は、
すでに12人の子どもを抱え、貧困と重労働に疲れ果てていた。

ある日13番目の妊娠が分かると、彼女は絶望のあまり叫んだ。

「こんな子、生まれるなら悪魔になってしまえ!」

やがて生まれた子は普通の赤ん坊だったが、
突然の叫び声とともに──

コウモリの翼、馬の頭、蹄の脚を持つ“悪魔”へと変身し、煙とともに暖炉から飛び去った。

以後、パインバレー周辺では怪物の鳴き声、奇妙な足跡、家畜の惨殺が相次ぎ、
住民たちはその存在を「ジャージーデビル」と呼んだ。

だが、この“悪魔出産”伝説は本当に起きたのか?
歴史を検証すると、意外な事実が浮かび上がる。


第2章:怪物の裏にいる「政治家と宗教家」──デビルが産まれた理由

調査研究者によれば、母リードのモデルとされる人物は
デボラ・リード夫人で、
彼女は“魔女”ではなく、実在する一般家庭の母親だった。

ではなぜ、彼女が“悪魔の母”にされたのか?

そこには、当時の政治的・宗教的対立が影響していた。

● ① ニュージャージーの有力政治家「ダニエル・リード」への風刺

リード家は当時の植民地政治で一定の影響力を持っており、
その敵対勢力が「リード家を悪魔の家系に見せ、評判を落とそう」と
噂を流したという説がある。

つまりジャージーデビル伝説は、政治宣伝(プロパガンダ)の一種だった。

● ② 宗教界の“悪魔狩りキャンペーン”

18世紀は、アメリカで“魔女狩り”思想が残っていた時代。
教会勢力が住民をコントロールするために、恐怖を利用した。

「森には悪魔がいる。
だから教会に従い、心を正しなさい」

デビル伝説は、宗教的統制の手段として広まっていった可能性が高い。

怪物は最初から人間が作った。
人間を支配するために。

この構図は、現代の陰謀論やフェイクニュースにも通じる。


第3章:19世紀──新聞の台頭と「怪物ビジネス」の始まり

ジャージーデビルが“全国的に有名な怪物”になるのは19世紀半ば。
理由は一つ──

新聞が売れたからだ。

19世紀アメリカの新聞はセンセーショナリズムが主流で、
「恐怖」「超常現象」「スキャンダル」はもっとも売れる題材だった。

新聞社は積極的にジャージーデビルを取り上げ、
以下のような見出しを乱発した。

  • “悪魔が農場を襲う!”
  • “翼を持った怪物が列車の上を飛んだ!”
  • “黒い影が子どもをさらう!”

今で言う「バズ記事」である。

こうして、噂は民話から“メディアの怪物”へと姿を変えた。


第4章:1909年──“ジャージー悪魔パニック”の衝撃

ジャージーデビル史で最も有名な事件が、
1909年に起きた大規模パニック事件である。

1週間のうちに
100件を超える目撃情報
が新聞に掲載され、住民たちはパニックに陥った。

学校は休校、
工場は操業停止、
住民は外出を控え、
街は恐怖で麻痺した。

足跡写真や“爪痕のある壁”、
謎の鳴き声が録音されたという報告が殺到した。

しかし、後の検証でその多くが
新聞社によるデマ、学生の悪戯、動物の誤認
であったことが分かっている。

つまり、1909年騒動は
**アメリカ最初の“フェイクニュース大流行”**だった。


第5章:軍事とジャージーデビル──“怪物の正体”は軍用飛行機だった?

ジャージーデビルはUMAだが、
一部研究者は「軍事技術が“怪物”として誤認された」と指摘する。

● ① 飛行船・試験機の誤認

20世紀初頭、アメリカでは軍の飛行船やプロトタイプ飛行機の実験が盛んだった。
ライト兄弟の初飛行からまだ数十年、
一般市民にとって「空を飛ぶ機械」は十分に怪物的である。

夜空を飛ぶ試験機を見た住民が、
「悪魔が空を飛んでいる!」
と恐怖した可能性は高い。

● ② 第二次世界大戦期のブラックプロジェクト説

パインバレー周辺は軍施設の点在地帯で、
戦時中は秘密研究も行われていた。

  • 夜間偵察機
  • 早期レーダー実験
  • プロトステルス機

こうした“極秘機体”の飛行が、
デビルの目撃として住民に認識された可能性がある。

つまり、
ネッシーがソナー実験を隠すための神話だったように、
ジャージーデビルも軍事の影を覆い隠す“煙幕”だった可能性がある。


第6章:現代科学の分析──生物学者が語る“デビルの正体”

生物学者たちは、ジャージーデビルの目撃証言を
実在の動物の誤認として説明している。

候補として挙げられるのは以下の通り。

  • 大型のコウモリ
  • ムササビ
  • コヨーテ
  • ツルやサギなどの大型鳥類
  • 奇形個体の動物
  • 馬と鹿の混同による錯覚

また、夜間に木々が作るシルエットや風による音も、
“怪物化”されて伝わっていく。

しかし、単なる誤認だけでは説明しきれない問題もある。

なぜ、250年にわたり噂が途絶えないのか?
なぜ、地元の人々は今でも“デビルは実在する”と信じているのか?

そこには、文化・心理・地域アイデンティティが深く関わっている。


第7章:ジャージーデビルは“地域アイデンティティ”となった

ニュージャージー州では、今やジャージーデビルは
**“地域の誇り”**として扱われている。

・スポーツチーム「ニュー Jersey Devils(NHL)」の名称
・グッズ、Tシャツ、観光土産
・地元ビール「Devil’s Ale」
・ホラー映画、ゲーム、TV番組の題材

怪物は恐怖の象徴であると同時に、
地域ブランドでもある。

ネッシー、雪男、チュパカブラに共通するが、
UMAは観光資本と文化の中心になるのだ。


第8章:ジャージーデビルは“情報時代の怪物”である

SNS時代、ジャージーデビルの噂は新たな形で広まっている。

  • 夜の森で撮影された「黒い影」の動画
  • 走行中の車載カメラに映った謎の生物
  • 森の奥から聞こえる奇声の録音
  • ドローンが捉えた奇妙な飛行物体

その多くは誤認や編集であるが、
“本物かもしれない”という曖昧な余白が、
再び怪物を蘇らせる。

ジャージーデビルは、
「恐怖 × メディア × 想像力」から生まれた情報生命体だ。

フェイクニュースや陰謀論が増殖する現代において、
ジャージーデビルはその原型を示している。


終章:怪物は現実ではなく、社会の中に生きている

ジャージーデビルは実在しない──。
科学的にはその結論に近いだろう。

だが、それは「存在していない」という意味ではない。

人々が語り続け、
恐怖し、
夢想し、
物語を継承し続ける限り、

ジャージーデビルは“社会の中で存在し続ける”。

怪物とは、生物学的な実体ではなく、
**人間の集合心理が創り出す“もう一つの現実”**だ。

そしてパインバレーの深い森は、
今も静かにその怪物を育て続けている。

“影の中を何かが動いている”
そう信じる心こそが、
デビルの生命そのものなのだ。


📚 参考資料

  • Brian Regal, The Jersey Devil: The Real Story(2018)
  • New Jersey Historical Society Archives
  • 1909 Jersey Devil Panic Newspaper Records
  • Pine Barrens Folklore Collections
  • U.S. Military Aviation Archives (Declassified Experimental Aircraft Papers)
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