【今更解説】フィラデルフィア実験 ― 海に消えた軍艦の謎

gunnkann Technology

序章 海に消えた軍艦の伝説

1943年、第二次世界大戦のさなか。アメリカ東海岸のフィラデルフィア海軍造船所では、一隻の駆逐艦が奇妙な「軍事実験」の舞台となったと噂されている。その艦の名はエルドリッジ号(USS Eldridge, DE-173)。噂によれば実験の瞬間、船体は強烈な緑色の光に包まれ、目撃者の前から忽然と姿を消した。さらに数百キロ離れたノーフォークで目撃され、再びフィラデルフィアに戻ったとも語られる。

瞬間移動、ワープ、テレポーテーション――SF小説さながらの現象が現実に起こったのか。さらに恐ろしいのは乗組員の証言とされる逸話である。船体の金属と一体化した兵士、半透明となり消えたり現れたりを繰り返した者、発狂し自ら発火するように苦しんだ者、そして実験後に行方不明となった者……。科学の暴走が生み出した悲劇として、人々の想像をかき立てた。

この「フィラデルフィア実験」は都市伝説の王道であり、陰謀論の温床でもある。だが、本当に起こったのか?それとも誇張された虚構なのか?歴史と科学、そして伝説をひも解きながら、この不可解な事件の実像に迫ろう。


第一章 噂の発端 ― 一通の手紙

物語が表舞台に現れたのは1955年。UFO研究家モーリス・K・ジェサップのもとに、一通の奇妙な手紙が届いた。差出人はカール・M・アレン(別名カルロス・アレンデ)。彼は自らを「偶然の目撃者」と名乗り、こう書き送った。「私はフィラデルフィアで、米海軍が駆逐艦を“消失”させる実験を行ったのを見た」。

アレンの証言は衝撃的だった。強力な電磁場を発生させ、船を光学的に消すことに成功したが、その副作用として艦は瞬間移動を起こし、乗組員は深刻な影響を受けたという。壁に埋め込まれた兵士や精神異常をきたした兵士の逸話はここから広まった。

アレンの人物像は怪しい。精神的に不安定だったとされ、証言は誇張と虚構の入り混じったものに見える。しかし、その一通の手紙が都市伝説を生み出す火種となり、フィラデルフィア実験はオカルト雑誌やUFO研究の題材として瞬く間に広まっていった。


第二章 科学的背景 ― 軍事研究の現実

この噂を完全な妄想と切り捨てられない理由の一つは、当時の軍事研究の背景にある。アメリカ海軍はドイツのUボートに悩まされており、敵の磁気機雷やレーダー探知を避けるために「デガウシング(消磁)」技術を開発していた。これは船体に電流を流して磁気を中和し、敵の探知を妨害する技術だ。

また、レーダー撹乱や光学迷彩の研究も進められていた。つまり「船を見えなくする」という発想は実際に軍事的課題として存在していた。現実の研究が存在していたからこそ、「船が消えた」という噂に説得力が加わったのだ。

もっとも、これらの技術は「敵から見えにくくする」程度のもので、テレポーテーションや人体融合を起こすことなどあり得ない。だが科学研究の断片と都市伝説が結びつき、人々はそのギャップに想像力を膨らませた。


第三章 テスラとアインシュタインの影

フィラデルフィア実験を神秘化させた大きな要素が、二人の天才科学者の名前である。ニコラ・テスラとアルベルト・アインシュタインだ。

一説によれば、実験はアインシュタインの「統一場理論」を応用し、テスラの高周波電磁技術を利用したとされる。アインシュタインは重力と電磁気を統一的に説明しようと試みていたが、その理論は未完成だった。だが「空間を曲げる」「光を操る」といったイメージは都市伝説的想像と結びつきやすかった。

さらにテスラは生前、無線送電や高周波振動など常識を超える実験を行い、死後には「研究資料がFBIに押収された」という噂もあった。こうしたエピソードが「軍はテスラの研究を利用して秘密実験を行ったのではないか」という陰謀論を補強したのである。


第四章 兵士たちの悲劇

噂の中で最も恐ろしく、心に残ったのは兵士たちの悲劇である。

・船体に半身が埋め込まれ、壁から突き出したまま絶命
・体が半透明となり、消えたり現れたりを繰り返す
・精神に異常をきたし、突如として炎に包まれるように苦しむ
・実験後に消息を絶ち、姿を消した

いずれも科学的根拠はなく、アレンの証言や伝聞に基づくものでしかない。だが「科学の暴走による犠牲者」というイメージは人々の恐怖を掻き立て、都市伝説としての力を強めた。


第五章 史実との矛盾

史実を検証すると、矛盾が浮かび上がる。エルドリッジ号は1943年7月に就役し、大西洋や地中海で護衛任務に従事していた。問題の「実験」が行われたとされる時期には、別の場所での活動が記録されている。

さらに元乗組員や退役軍人たちは「そんな実験はなかった」と証言している。つまり船が瞬間移動したという主張は公式記録と一致しない。事実と伝説の間には大きな隔たりがあるのだ。


第六章 冷戦と陰謀論

それでもこの伝説は消えなかった。背景には冷戦時代の空気がある。核兵器、CIAの極秘作戦、ソ連との情報戦――。国民は「政府は何かを隠している」という不信感を抱き、それが都市伝説を育てた。

エリア51やUFOの噂と同じく、フィラデルフィア実験は「国防の名の下に隠された真実」を象徴する物語として、人々の間に定着したのだ。


第七章 現代に残る神話

フィラデルフィア実験は事実検証を超え、「現代の神話」となった。実際に存在した軍事研究、科学者の権威、悲劇的な証言、政府の隠蔽といった要素が混じり合い、真実と虚構の境界を曖昧にしたからだ。

いまや映画や小説、ドキュメンタリー番組の題材として繰り返し描かれ、人々の好奇心を刺激し続けている。


終章 「実験」が問いかけるもの

エルドリッジ号が本当に消えたのか、その真相は闇の中だ。だがこの伝説は単なる与太話ではなく、「科学は人類を救うのか、破滅させるのか」という問いを突きつける。さらに「政府や軍は常に何かを隠しているのではないか」という社会的な疑念を象徴する。

科学と陰謀、恐怖と希望が交錯する物語。フィラデルフィア実験は、20世紀最大級の都市伝説として、これからも語り継がれていくだろう。

タイトルとURLをコピーしました