序章:孤高の天才と忘れられた計画
19世紀末から20世紀初頭にかけて、科学技術は爆発的な進歩を遂げた。電気、通信、交通――その変化の最前線に立っていた人物こそ、発明王トーマス・エジソンの最大のライバル、**ニコラ・テスラ(1856–1943)**である。
彼の名前を聞けば「交流電流の父」「無線通信の先駆者」というイメージが強いだろう。しかしテスラが生涯をかけて描いた最大の夢があったことは、あまり知られていない。
それが 「世界システム(World System)」 である。
世界システムとは何か
テスラが考えた「世界システム」とは、一言でいえば 地球全体を結ぶ無線送電・通信ネットワーク である。
彼は電気を送るために電線を必要としない「無線送電」の原理を発見し、その延長として「地球そのものを共鳴体として利用すれば、どこにでもエネルギーと情報を送ることができる」と考えた。
- 電気をケーブルなしで送る
- 音声や画像を世界中に伝送する
- 気象を制御する
- 船舶や航空機の航行を誘導する
- さらには戦争をなくすための「世界的な監視システム」
こうしたアイデアを1900年前後にすでに語っていたのだから、現代人から見ても驚愕に値する。インターネットやGPS、スマートフォンの誕生を、テスラはほとんど予見していたと言える。
ワーデンクリフ・タワー ― 失われた実験施設
「世界システム」を実現するため、テスラはニューヨーク州ショアハムに巨大な実験塔を建設した。これが ワーデンクリフ・タワー である。
1901年、資産家J.P.モルガンから資金援助を受け、全高57メートルの木造タワーが建設された。塔の頂部には直径20メートルの金属ドームが設置され、地下には地球と接続するための深い導電管が埋め込まれた。
テスラはこの塔を通じて 世界中に無料で電気と通信を届ける 計画を描いていた。まさに「人類の共有インフラ」としての電力網を構想していたのである。
だが、ここで重大な問題が立ちはだかる。資金提供者であるモルガンは「無線通信による商業利用」を期待していたが、テスラは「誰もが無料で使えるエネルギー」を語った。
つまり、投資家にとっては「儲からない計画」だったのだ。
結局、資金は打ち切られ、1917年にはワーデンクリフ・タワーは解体されてしまう。
世界システムがもし実現していたら
もしテスラの構想が実現していれば、世界はどうなっていただろうか。
- 発展途上国にも電力が無償で供給され、格差は縮小していたかもしれない。
- 石油や石炭の依存度が低下し、環境破壊は大幅に抑えられていた可能性がある。
- 通信網は早くから地球規模に整備され、冷戦も別の形を取っていたかもしれない。
つまり、現代が直面する 資源争奪・エネルギー危機・環境問題 は、100年前に解決の糸口を見いだせたかもしれないのだ。
だが、同時に「テスラの技術が軍事利用される危険性」もあった。彼自身も「死の光線(デス・レイ)」と呼ばれる防衛兵器を提案しており、理想と現実のギャップに苦しんだことは想像に難くない。
陰謀論と「封印されたテスラ」
テスラの死後、FBIが彼の研究資料を押収したことはよく知られている。この事実が「テスラの技術は危険すぎて封印された」という陰謀論を生んだ。
- 気象兵器(人工地震、ハリケーン操作)
- 無線エネルギー兵器(マイクロ波攻撃)
- 精神操作技術
こうした話題の多くは、テスラの研究と結び付けられて語られる。実際、彼が研究していた振動装置でニューヨークの建物を震わせた逸話や、地球共鳴実験が雷のような放電を生んだ事例は残っている。
科学的に誇張された部分も多いが、「もし完成していれば世界を変えていた技術」 であることは間違いない。
テスラが予見した未来
1930年代、老年のテスラはこう語ったと伝えられている。
「やがて地球のどこにいても、小さな装置を持つだけで、世界中と通信し、音楽を聴き、映像を見ることができる」
これはまるで スマートフォンの予言 である。
また彼は「無線送電によって砂漠に雨を降らせ、世界中の飢餓をなくす」とも語った。
現代の科学者がようやく取り組み始めた再生可能エネルギーやグローバルネットワークを、テスラは一世紀前に思い描いていたのである。
終章:忘れられた世界システムからの教訓
テスラの「世界システム」は失敗に終わった。だが、そのビジョンは現代に生きる私たちに問いを投げかける。
人類は技術を「利益のため」だけに使うのか、それとも「全人類のため」に開放できるのか。
テスラの夢は、いまだ私たちの前に立ちはだかっている課題である。
アトランティスのように失われた文明の伝説ではなく、テスラの世界システムは「実際に存在しかけた未来」だった。
だからこそ今、私たちは彼の構想を「夢物語」として片づけるべきではないのだ。